【ノベライズ版】ナツのおしらせ

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第1話『夏は空に溶けて、』

投稿日:2016年12月17日 更新日:

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん)


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第1話『夏は空に溶けて、』

 あの日から丁度、八十年の時が過ぎた。

 

 

 今日は異常なほどに暑い。これが地球温暖化なのだろうか、と苑御(おんみ)町交番勤務の警察官藤田凸(とつ)もり25歳は左手で額の汗を拭いながら思った。今朝のニュース番組では、今日はここ数年で一番の猛暑を記録するだとか、体感温度は四十度を越えるだとか、そんなことを言っていた気がする。暑いですねー、とか何とか言っていた女性アナウンサーの顔が脳裡に浮かぶ。顔がいいわけでもないし元から好きでも何でもなかったが、その言葉を聞いた時には彼女が出ている番組は一生見ないと固く誓った。空調の効いたスタジオで汗もかかずに言った言葉に説得力も何もあったものじゃない。体を冷やして風邪でも引けばいいと思う。

 それにしても暑い。こんな日に出歩く奴は馬鹿だとしか言い様がないだろう。学校の体育の授業だってきっと、急遽水泳に変わって生徒は大喜びだったはずだ。パトロールでなければ、駄菓子屋でアイスキャンディーでも買って空調をがんがんに効かせた部屋でビールでも飲みたいところだ。体中から汗が吹き出し、制服が肌に張りつくのがどうにも気持ち悪い。ただでさえきつい状態なのに、砂利を踏んで自転車の前輪がパンクしてしまったのだから、なおのこと大変である。もはや拷問と言っても過言ではないと思う。

 体の右側に両手で自転車を押しながらあぜ道を歩く凸もりの姿を見て笑わない人はいないだろう。自転車がパンクしていることを知らなければ笑わないはずがない。何故こんなに暑いのにだらだらと歩いているのだろう。自転車に乗れば風が当たって少しは涼しくなるのに。そう言うに決まっている。そして、自転車がパンクしていることを知っていたとしても、やはり笑うだろう。こんな日にパンクするなんて余程日頃の行いが悪いんだね。ついさっき、木陰でアイスキャンディーを舐めしゃぶる小学六年生から中学一年生くらいの男の子にそう言われたばかりだ。

 ――一体何をやってるんだろうな俺は。俺がやりたかったのは、こんな、

「なーにをだらしない顔して惰性的な公務をしているのかね君は」

 背後から、声がした。体中の汗が一斉に引いた。凸もりは背筋を伸ばし、振り返らずに、

「すっ、すみません部長っ!! 決してパトロールをさぼっているわけではなくて、自転車の、」

 聞こえたのは笑い声だった――女の。女は抑え切れない笑い声を漏らしながら、

「くっ、ふふふ、ふ、言い訳はいかんよ、ふふ、藤田くんー。ふふっ」

 凸もりが振り向けば、やはりいた。

「ふふ――あっははははもうだめーっ。本当にビビって、凸ちゃんはやっぱり面白いね。ふ」

「そういう冗談はやめてくれよ、ひなこ。本当に、心臓が止まった」

 驚きすぎて怒る気にもなれず、凸もりは必死で訴えるが、雛子(ひなこ)

「だってさあ、凸ちゃんがあんまりしんどそうな顔で歩いてるから、からかいたくなって。ふふ。パトロールでしょ? 自転車乗らないの?」

「乗らないんじゃなくて乗れないんだよ。さっきパンクしちまってさ」

 凸もりがそう言うと、雛子はいやらしい笑みを浮かべたまま右手で口元を抑え、あらま、と呟いた。次いで、わざとらしく悲しそうな表情を作りながら、

「それは残念。二人乗りで家まで送ってもらおうと思ったのになー」

「二人乗りは違法だ。違法行為を取り締まるはずの警察官に法を犯させるつもりか? それにもう日が暮れるぞ。街灯がない夜の怖さはお前もよく知ってるだろ。さっさと帰れ。変質者にでも出くわしたらどうするつもりだ」

 言うだけ言ったのだ。あとはどうなろうが知ったことではない。凸もりは雛子に背を向け、再び自転車を押して歩き始めた。が、やはり雛子は笑いながら、

「なーんだ凸ちゃん心配してくれてるの? やっさしー」

 無視。

「そうだよねー。可愛い可愛い幼馴染だもんねー」

 無視。

「いざとなったら身を挺して私のことを守ってくれるんだもんねー」

 振り向いた。

「馬鹿たれ。俺は警察官として、一市民に注意を――」

「わかってるわかってる。凸ちゃんは善良な市民を守る心優しい警察官だもんね。それじゃ、頑張ってね! 正義の警察官さんっ」

 そう言って、雛子は凸もりを追い越して走って行った。人の神経を逆なでするのが上手いやつだ、と思う。最後の最後までからかおうとする性格の悪さには感心してしまうほどだ。軽いように見えて、意外に物を考えているのかもしれない。思い返してみれば、

 

 幼馴染――戸越(とごし)

 雛子と、いつ、どこで知り合ったのかなんて、細かいことは覚えちゃいない。ただ、いつの間にかよく会うようになっていたし、よく話すようになっていたし、よく遊ぶようになっていた。知り合ったのは多分、幼稚園の頃――ランドセルを背負って登校するのを夢見る五歳の夏だったと思う。まだ三歳だったはずの雛子は今と何も変わらなくて、やっぱり意地悪を言っては、よく泣かされていたような気がする。あれから二十年間、そこのところは全く変わっていない。学年が違うのに毎日わざわざ教室にまでやってきて、一度、凸もりは同性愛者だという噂を流された時は流石に学校へ行くのがつらかったが、そんなことも今では笑い話だ。しかし、今までに数えきれないほどの口喧嘩をしてきたけれど、一度だって勝てた試しがない。やはり、頭の中では色々と考えているのかもしれない。何故、雛子とここまで長くつき合いがあるのか。それはきっと、小学二年生の時のことが理由だと思う。

 凸もりの両親は、所謂ヤンキーというやつだった。子供の頃から非行の限りを尽くし、親にも勘当された。だがそんなことは気にも留めずやんちゃを続け、その勢いで出来た子供が凸もりだ。「凸もり」なんてふざけた名前も、凸って漢字があるんだあ面白いじゃんこれ名前に使おうぜ、なんて調子でつけられ、この名前で警察官になれたのは奇跡としか言いようがないだろう。しかし、そんな親だが、意外にも子育てだけは真面目にやっていた。それだって本当はペットを飼うのと同じような感覚だったのだと思うし、今考えてみれば、多少放任主義だったような気もする。凸もりが生まれてからも二人は、程度は控え目になったもののやんちゃはやめず、小学二年生の春、その報せが飛び込んできた。親を亡くした凸もりは親戚の家をたらい回しにされ、最終的に、祖父の家へ引き取られることとなった。

 が、その祖父がなかなかの曲者で、料理をすれば卵を爆発させ、洗濯をすれば洗剤まみれの服の山が出来上がり、掃除をすれば家中の物を壊した。このままでは生活が成り立たない、そんな時に現れたのが、雛子の母親、戸越冴子(さえこ)
同じ環境――むしろ自分の方が悪い環境で育ったのに、何故今は雛子の方がひねくれた性格になってしまったのだろう、と思う。もしかしたら、母親を取られた、と思っていたのかもしれない。もしそうなのだとしたら――ほんの少しだけ、罪悪感があった。

 

 凸もりは再び自転車を押してパトロールを続けようとして、

「凸ちゃーんっ」

 ついさっき走り去ったはずの雛子が、戻ってきた。凸もりの正面に突っ込んできて、自転車にぶつかりそうになってすんでのところで止まり、息も切らさずに話し始めた。

「すっかり忘れてたよ。凸ちゃん、今日、うちにご飯食べに来なよ。私のお手製麻婆豆腐が待ってるよ。私の麻婆豆腐好きでしょ?」

 確かに好きだが、お前が作ったからって魅力が上がるわけではないぞ――そう言おうとして、雛子はまだ話し続ける。

「というわけで、今日はうちに食べに来てね。来ないとお母さんが怒るからね。いい? 七時にはできると思うから、仕事が終わったらまっすぐうちに来るのよ? わかった?」

 お母さん――冴子を出されては、凸もりに頷くより他の選択肢はなかった。

「――わかった」

 凸もりが頷くのを見て、雛子は満足そうに笑みを浮かべ、

「待ってるからねーっ」

 再び走り去った。

 また、雛子の思い通りになってしまった。何故自分はこうも雛子に弱いのだろう、と思う。

 まあ悲観することでもないか、と凸もりは再び自転車を押し始める。靴で砂利を踏む感覚が、少しだけ心地良くもあった。ふと背後から、

『羨ましいな……』

 驚いた。

『いいよなあ。あんな幼馴染がいてさあ』

 凸もりの目の前に浮かぶ、二つの物体。それは丸くて、髪があって、目があって、口があった。過度にデフォルメされた漫画のキャラクターのようなそれは、かたやでかくて赤いリボンをつけた黒髪で、かたや魔女のような黒い帽子を被った金髪だった。

『料理まで作ってくれる世話好きの幼馴染だよ。男なら一度は夢に見るよね、魔理沙』

 黒髪が言った。

『しかもこれまた超絶美女ときたもんだ。憎いねえ。なあ、霊夢』

 今度は金髪が言った。

 凸もりは立ち止まり、大きくため息をついてから、

「うるさいぞお前ら。昼間は出てくるなっていつも言ってるだろ」

 『こいつら』が見えるのは小さい頃からだった。周りの人に聞いても見えないと言うし、初めはからかわれているのかと思ったが、しばらくして、本当に自分にしか見えていないのだとわかった。妄想、と言われれば否定はできない。周りに見えないものが見える、なんて非現実的なものよりはよっぽどまともな考えだ。しかし、妄想だろうが何だろうがこいつらを消すことは叶わず、神出鬼没のこいつらとのつき合いは雛子以上になる。「頭だけの妖精」なんて、気持ち悪いと思うかもしれない。だが、生まれた時から一緒にいた凸もりにとっては、そんな感情を抱くほどに遠い存在ではなかった。

『このまま家でご飯食べて、デザートはわ・た・しみたいな流れになるのかな?』

『いやいや霊夢、今時そんなベタな流れはないでしょ。そもそもそうなったとして、ヘタレのこいつに何ができるっていうんだ?』

 はあ、と凸もりは俯きながら大きく息を吐く。俯いたまま、

「いいかお前ら、あと三秒のうちに消えないとぶん殴るからな。お前らは人間じゃないからな。そもそも俺以外には見えないし、動物愛護団体も守っちゃくれないだろうよ。いいな? あと三秒だ。三、」

『人間じゃないから、ねえ。これだから日本の警察は嫌なんだ』

「二、」

『霊夢。警察だから、とか関係なく、こういう学がないやつは暴力に訴えるしかないんだよ』

「一、」

『そんなの原始人レベルじゃんっ!!』

 二つの声が重なって聞こえ、顔を上げた時には、もう誰もいなかった。

 ――さて、と。パトロールを続けなくちゃな……。

 凸もりは、靴の裏に砂利を踏む感覚を感じながら、体の右側に自転車を押して再びあぜ道を歩き出した。

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投稿者プロフィール

えんきまる(きゃっとまん)
えんきまる(きゃっとまん)10さいの女の子
わたしは、小学5年生で、小せつを書くのが、すきです。なぜなら、小せつを書くのは、たのしいし、おも白いと思うからです。がんばって書くから、よんでください。
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  1. すごくおもしろいですね!

  2. とっても良くできていますね

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