【ノベライズ版】ナツのおしらせ

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第2話『邂逅相遇』

投稿日:2016年12月17日 更新日:

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん)


スポンサーリンク

第2話『邂逅相遇』

 私の一番の思い出。私の心の拠り所。私にとって、一番大切なもの。

 どうしても、見つけなくてはいけないと思った。

 いつ落としたのだろう。きっと、昨日母親と出掛けた時だと思った。家を出た時にはあったのに、帰って来たらなくなっていた。

 どこで落としたのだろう。きっと、この河原だと思った。道が一部分だけ盛り上がっていて、昨日の帰り道、そこに躓いて転んだ。多分その時に落としたのだろうと思う。

 探さなくてはいけなかった。

 一時間は探しただろうか。日差しは相変わらず強く、学校から帰る小中学生の姿が見えた。落し物はまだ見つからない。

 二時間は探しただろうか。まだ日差しは強く、道を歩く人の数は一向に減らない。落し物はまだ見つからない。

 三時間は探しただろうか。もうすぐ日が暮れてしまう。風が強くなり、ほんの少しだけ寒かった。早く帰らないと、母親に怒られてしまう。しかし、落し物はまだ見つからなかった。

 一体どれだけの間こうして探し続けただろう。いい加減嫌になった。もう夕暮れ時だ。母親に怒られるのが怖くて、大切な物が見つからないのが悲しくて泣きたくなった。それでも諦めたくなかったから、涙をこらえて探し続けた。

 怒られたくない。どんな言い訳をすれば、怒られずに済むだろうか。正直に落し物をしていたから、なんて言ったらやっぱり怒られるだろうか。それなら――。だめだ。どうしてもうまい言い訳が思いつかないし、どんな言い訳をしても怒られずに済む気がしなかった。

 それなら、いっそのこと家に帰らないというのはどうだろう。人の家に泊めてもらうというのは――。だめだ。泊めてもらえば、家に連絡されるに決まってる。それじゃあ、ずっと外にいるのはどうだろう。中学生がホームレスをやるドラマを見たことがある。あれなら、一日くらいなら自分にもできるのではないだろうか。だが、だめだ。どうしたってだめ。今日一日やり過ごしたところで、いつかは家に帰らなくてはいけなくて、何日も行方を晦ませば、その分更に怒られるのは目に見えている。今からどうしたって結局は怒られるのだ。それなら、

 見つかるまで探そうと思った。どうせ怒られるなら、何日掛けてでも探すしかないと思った。

 何度も転んで、体中が泥だらけになった。何度も涙が溢れそうになって、その度に足を止め、涙が止まったらまた探し始めた。そして、

「なあ」

 声がした。声がしたが、無視して探し続ける。

「君、何をしてるんだ?」

 自分に話しかけてるとは思いもしなかった。ただ、誰に向かって言っているのかが気になって振り向いたのだ。だけど、

「もう夜になるから、早く家に帰りなさい」

 振り向けばそこには――――「いた」。

 ――っ!

 

 

 空が赤い。

 三百六十度どこを見ても、空も雲も地面も川も家も、何もかもが夕映えに包まれて赤く染まっていた。根本から折れ曲がって子供の遊び道具になっている錆だらけの標識も、ちょうど人が一人通れるくらいの穴が開けられてもはやその存在意義をなくしてしまった森の入口を封鎖する南京錠のかかった金網のフェンスも、その光の中では幻想的にすら見えた。

 河原を急ぎ足で歩く凸もりの左腕、赤い光を反射するガラスの向こう側で腕時計の針は六時二十四分を指している。

 何もない町だ、と思う。犯罪も大きな事故も起きないし、自分が呼ばれるのは、米田のおばさんが自分で置きっぱなしにしたのを忘れて財布を盗まれた携帯を盗まれたと大騒ぎしてるとか、笹井のじいさんがいつもなら起きている時間にまだ起きてこないとか、そうでもなければ俺とお前どっちの方がゴルフが上手いか言い合ってても仕方がない公平に警察の兄ちゃんに決めてもらおうとか、それくらいだった。

 悪いことではないし、むしろいいことだ。警察官が町の平和を喜べなくてどうする、と自分に言い聞かせる。だが、それでもやはり、何か物足りなかった。以前の職場はこんな風ではなかったのに、と思う。毎日のように事件に追われ、時には大きな犯罪の捜査までさせられて、しかし、自分自身あの状況にやり甲斐を感じていたのかもしれない。

 凸もりは大きくため息をつく。

 本当に大切なものはなくした時に初めて気づく、なんてよく言ったものだと思う。なくして初めてその大切さに気がついた、本当に大切なもの。自分にとってそれが、そこかしこで起こる事故や、人の命まで関わっている事件なのだとしたら。そんなものが大切で、そんなものを求めていたのだとしたら、どっちが悪人かわからない。

 警察官はずっと、自分にとっての夢だった。小さい頃から、警察官の祖父を見てきたから。ずっとその姿に憧れていた。悪い奴らをとっちめる正義の味方なんだ、とずっとそう思っていた。なのに、今のこのざまはなんだ。何が正義の味方か、と思う。ずっと憧れて、やっと警察官になれたのに。

 俺は、正義の味方にはなれなかった。

 ――?

 視界の端で、何かが動いていた。凸もりはようやくそれに気がついて、立ち止まってそれに視線を向けた。

 動いていたのは人だった。その後ろ姿は、随分小柄で髪の長い少女で、何かを探しているかのようにがさがさと草を掻き分けていて、そんでもって体中が泥だらけだった。

 もうすぐ夜になるのに何をしているのだろう、と思い、同時に何か事件を期待していることに気がついて、自分で自分が嫌になった。凸もりは、

「なあ。君、何をしてるんだ?」

 少女が振り向いた。

「もう夜になるから、早く家に帰りなさい」

 少女は、呆気に取られたような顔で何も言わずにこちらを見つめていた。

 きれいな顔をしていた。小さな顔に、大きな垂れ目。整った顔立ちだが、ところどころに稚気が色濃く残っている。背は低くて、頭がちょうど凸もりの胸くらいの高さにあった。見たところ小学校高学年から中学生。本当に生きているのか心配になるほど肌が白くて、細い肢体は今にも折れてしまいそうなくらいだった。

 冗談でなく、この子は本当に自分と同じ人間なのだろうか、と思った。

 いつの間にか息が止まっていたことに気づき、凸もりは見とれるのもそこそこに、

「黙ってたら何も分からないだろ? こんなところにいたら危ないぞ。住所と名前は?」

 少女は答えない。口を開こうともせず、まっすぐに凸もりの顔を見つめていた。面倒だな、と思う。たまにいるのだ。声を掛けると自分が何か悪いことでもしただろうかと不安になって何も言えなくなってしまう奴が。そういうのはだいたい子供で、大抵の場合は走って逃げられる。が、

「――ぅ」

 驚きだった。まさか、泣くとは思わなかった。今まで泣かれたことがなかったわけではない。むしろ泣かなかった子供の方が少ないくらいだ。しかし、凸もりは驚いた。声を掛けられて泣く子供なんて極度の人見知りくらいで、そういう子の泣き方はこんな風ではない。泣くにしても、普通はもっと慌てふためくものなのだ。驚かずにはいられなかった。この子は、

「ちょっ、ちょっと待て! な、なんで泣くんだよっ」

 初めに少し声を漏らしたきり、何も言わずに涙だけを流していた。さっきとは表情が変わったものの、それが一体どんな感情なのかは見当もつかない。しかし、明らかに異質だった。恐怖の感情ではない、と思う。一体何故この子は泣いているのか。子供が恐怖以外に涙を流すとすれば、それは何だ。歓喜・悲嘆・辛苦・安心。そのどれにも当てはまらないような気がして、そのどれもを内包しているような気もした。得体が知れず、むしろこの子に対して凸もりはある種の恐怖すら抱いていた。恐怖する子供の対処法は心得ている。子供を宥め、落ち着かせることなんて慣れれば簡単だ。だが。

「な、なあ、俺は決して怖い人じゃないんだ。ほっ、ほらっ。警察の格好をしてるだろ?」

 こんな子供は初めてだったし、何を言えばいいのか分からなくなった。この子を泣き止ませようとして、頭の中にある言葉を全て、生のまま吐き出し続けた。

「だからっ、だからさ、別に君をどうこうしようってわけじゃないんだ。俺は市民の安全と平和を守るためにさ、ね? 分かるだろ? えっと、その、だからつまり、」

 みっともないほどに動転して、言いたいことが見つからない。

「全然怖がる必要なんてなくて、もう遅いから気をつけるように注意しようと思っただけで、」

 ――ええと、

 何を言おうと思ったんだっけ。

 ぐちゃぐちゃになった思考の中から、言うべき言葉を探した。混ざり合った言葉を一つずつ取り出して確認していく。「こんな時間に」、「こんな場所で」、「子供が」、「一人で」、

「――何をしてたんだ?」

 少女の体が、ぴくりと震えた。

「もう夜になるのに、一人で何をしていたんだ? こんな時間に一人でいたら危ないぞ。それとも、何かあったのか? もし何か困っているなら、」

 言った。

「俺に話してごらん。何だってすぐに解決してやるからさ」

 少女の瞳に、ようやく光が差した。

「……ほんとうに?」

 きれいな声だった。

「ほんとうに、解決してくれるの?」

「ああ、本当だとも。さあ、君は今、何に困っているんだ?」

 少女は一度ずずっと鼻をすすってから、ゆっくりと話し始めた。

「あの、あのね。私、ずっと、ずっと探してるんだけど、ここで、なく、なくしちゃって、た、大切な物なの。なのに全然見つからなくて。だからね、だから、」

 言いたいことを全部言おうとしてぐちゃぐちゃの頭の中を無理やり言葉に変換したような、随分下手くそな喋り方だった。だが、よく聞いてみると彼女は、「とても大切な物をここでなくしてしまって、しかしいくら探しても見つからない」というようなことを言っていた。

「物を落としたってことでいいのかな?」

 そうだそれが言いたかった、とばかりに少女は首を縦にぶんぶん振って、

「そうっ、そうなのっ。ここで、なくして…………大切な物なのっ」

 凸もりは薄く笑って、

「わかった。それじゃあ、俺も探すの手伝うよ」

 少女の顔が急に明るくなった。

「ほんとうっ!?」

「ああ、その代わり、今日はもう帰りなさい。暗いと見つかりにくいし、何より危ない。明日また、明るい時に探した方が見つかりやすいだろ」

 涙を手で拭い、にこりと笑って、

「うんっ! じゃあじゃあ、明日の十二時に、ここで待ち合わせねっ。遅れないでね!」

 そう言って走り去ろうとして、思い出したように振り返り、

「あっ、そうだ! 名前教えてっ。私はナツ。えっとね、片仮名でナツって書くんだ」

 ――名前、か。

「ああ俺は、藤田――――――――凸もりだ」

 ナツは何だかよくわからないような顔をして、

「えと、藤田、と、とつ……?」

 もう一度は、言いたくなかった。

「好きなように呼んでくれ。藤田って苗字で呼んでくれてもいい」

「うんわかった! それじゃあね! ええと……………………おにいちゃんっ」

 驚いて、返事はできなかった。

 ――おにいちゃん、か。

 ナツの姿は、もう見えなかった。

「――あっ、もうこんな時間!? 早く帰らねえとまた部長に怒られるっ」

 凸もりは自転車を押しながらも、自分が出せる限りの力で交番へ走りだした。

 

 俺は、正義の味方にはなれなかったけれど、

 一緒に探そう、なんて言ってしまったのは何故だろう。今更、何故あんなことを言ってしまったのだろう。明日が非番だからといって――。それは果たして正義なのか、と思う。

 自己満足、と言ってしまえばそれまでかも知れない。

 罪滅ぼし、としか言い様がないのかもしれない。

 あの日の出来事は絶対に消えることはない。これからいくら善行を重ねようとも、頭をぶつけて記憶喪失になろうとも、この地球上から全人類が消失しようとも、あの日起こった事実は、永久に消えてはくれないのだ。

 事実は永遠に消えることはない。記憶は消せても、その出来事は絶対に消せない。

 人がどう思うかなんて知らない。真正面から向き合うのは、まだできないかもしれないけれど。背を向けて、逃げることしかできないのかもしれないけれど。それでも俺は、

 ――少しでも、正義の味方でありたかった。

 

 

 嬉しかった。

 明日の十二時にあの河原で、おにいちゃんと待ち合わせだ。

 本当に嬉しかったし、本当に楽しみだった。家を出た時とは反対に、その足取りは軽かった。

 また明日、おにいちゃんに会えることが心の底から楽しみだったから、

 

 ナツはそのことを、すっかり忘れていた。

 

<<前話 次話>>

投稿者プロフィール

えんきまる(きゃっとまん)
えんきまる(きゃっとまん)10さいの女の子
わたしは、小学5年生で、小せつを書くのが、すきです。なぜなら、小せつを書くのは、たのしいし、おも白いと思うからです。がんばって書くから、よんでください。
スポンサーリンク
スポンサーリンク

-【ノベライズ版】ナツのおしらせ

執筆者:


コメントを残す

関連記事

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第8話『カインの末裔』

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん) スポンサーリンク 第8話『カインの末裔』  今朝は、ナツの声で目が醒めた。  眠る凸もりの腹に馬乗りになって胸に手を載せ、肩を揺らしながらお兄ちゃ …

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第6話『降霊術のすゝめ』

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん) スポンサーリンク 第6話『降霊術のすゝめ』  その弁当は未知の味がした。  いつも食べている、慣れ親しんだ一つ五百円のぼったくり海苔弁当のはずなの …

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第5話『閃光記憶』

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん) スポンサーリンク 第5話『閃光記憶』  完全に目が覚めて、日の光に目が慣れて、体中の痛みに気づいた時にはもう、昨日のことは全て思い出していた。   …

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第1話『夏は空に溶けて、』

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん) スポンサーリンク 第1話『夏は空に溶けて、』  あの日から丁度、八十年の時が過ぎた。      今日は異常なほどに暑い。これが …

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第4話『蝋燭の火を灯せ』

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん) スポンサーリンク 第4話『蝋燭の火を灯せ』  河原。  ついた時既に、嫌な予感が当たったと思った。それに、  まさかこんな光景を、この町で見ること …