【ノベライズ版】ナツのおしらせ

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第3話『メメント・モリ』

投稿日:2016年12月23日 更新日:

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん)


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第3話『メメント・モリ』

 二十時十八分五十三秒。

 

 長すぎる、と思う。

 怒られたのは「時間に遅れたから」だ。なのに、説教で時間を潰すのは矛盾していると思う。説教自体は苦ではない。何度も何度も聞いていれば流石に慣れる。今日遅れたのだって、「自転車がパンク」した帰りに「困っている少女に声を掛けた」だけで、結局のところは自己責任だ。怒られるのだってわかるし、良い人間関係を築くためには説教を聞くのも必要かもしれないと思う。しかし、だ。あまりに長すぎるのだ。説教が終わった時には、雛子との約束の時間を一時間以上も過ぎていた。

 今から走っても、絶対に間に合うはずはない。それでも、走るしかなかった。説教を聞いている間は時計の針が進むのが遅すぎると思ったが、今は逆に速すぎる。速く走れば走るほど時計の針も追いつくように速くなるような気がして、凸もりの脚はどんどん加速していく。が、どれだけ速く走っても、時間はちっとも遅くなってはくれない。

 今日は本当に厄日だ。

 自転車さえパンクしなければ、部長からの説教もなかった。雛子にさえ出会わなければ、約束なんてなかった。雛子へ遅れるかもしれないと連絡さえしておけば、こんなに急ぐ必要もなかった。何もかもが悪い方向へ噛み合っている。

 おまけに明日、せっかくの非番は子供の落し物探しだ。

 全く最悪だ、と思う。

 凸もりは表札に「戸越」と書かれた家の前で足を止めた。

 膝に手をついて呼吸を整え、インターホンを鳴らす。こんなに疲れるなら来なければよかった、と思う。自堕落だとか不健康だとか言われようが、説教の後まっすぐ家に帰ってテレビでも見ながらのんびりカップ麺をすすっていたほうがよっぽどましだった。

 がちゃ、と音がして顔を上げれば、ドアの向こうから雛子が顔を覗かせていた。鼻から下は隠れていたが、きっと口角は上がってはいないと思うし、目だけでも、その不機嫌さは十分すぎるくらいに伝わってきた。雛子は開口一番に、

「来ないと思ってた」

 それならやっぱり来ないほうがよかった、と思った。

「――ごめん、その、」

「言い訳はいいから、遅れてきた理由を三文字で述べよ」

 随分無茶な注文である。わざわざ雛子が機嫌を損ねないような言い訳を考えた努力はなんだったのか。凸もりは少し頭にきて、さっきまでの説教のストレスをぶつけるように、正直に、

「しごと」

 雛子は納得がいかないように、しごと、と小さく繰り返して、今度はとっておきの爆弾を投げつけてきた。

「じゃあ聞くけど、私と仕事、どっちが大事なの?」

 わかっていた。ここは、ひなこのほうが大事だ、と答えるべきなのだろうし、そう答えないと機嫌が悪くなることだってわかっていた。しかし、素直にそう答えてやるのはなんとなく嫌だったし、一度言ってやらないとこの怒りは収まらなかった。

「――しごと」

 ばたんっ、かちゃ、

 勢いよくドアが閉じた。念には念をと鍵まで閉められた。

 凸もりは一度、大きく深呼吸をして、

 ――さて、

 帰ろうか。

 普段ならすぐに、ごめん冗談だよ面と向かって言うのは恥ずかしいから仕事の方が大事なんて言ってしまったけれど本当はひなこの方が大事だから開けてくれよありがとうそれじゃあ一緒にご飯食べようか、とか言っていたし、今回も雛子がドアを閉めるまではそうするつもりだったのだ。しかし、ドアが閉じた瞬間に気が変わってしまった。疲れていたからかもしれない。

 凸もりは踵を返し、うなだれながら歩き出した。今日一日の疲れが一気に襲ってきて、歩を進めるだけで精一杯だった。体中が痛い。家に帰るまでに死んでしまうかもしれない、と思う。このまま倒れこんで眠ってしまいたかった。

 二、三歩ほど歩いたところで、後ろからドアが開く音がした。足音と、次いで声が聞こえた。

「ちょ、ちょっと! 本当に帰るの!?」

 振り返って、

「えっ、と、凸ちゃんっ!? だ、大丈夫っ!?」

 体力が尽きた。

 

 目が覚めた。凸もりは横になったままに腕時計を見る。九時二十八分。午前だろうか、それとも午後だろうか。時間の感覚が曖昧で、まだ夢の中にいるような感覚があった。

 夢の中で俺は、また、

「あ、凸ちゃん起きた?」

 雛子だった。

「ひなこ、今、」

 雛子は時計を見てから、

「九時半だよ。覚えてない? 一時間前だったかな。凸ちゃん、うちの前で倒れたんだよ」

 一時間前、ということは、今は午後九時二十八分だ。体を起こして周りを見ると、どうやら自分は雛子の家のリビングの、ソファの上で眠っていたらしい。

 凸もりは、今まで何があったのかを一つずつ確認していく。自転車がパンクして、雛子と夕飯を食べる約束をして、捜し物をしている少女を見つけて、部長の説教を聞いて、走って雛子の家へ向かって、インターホンを鳴らして、ドアを閉められて、家へ帰ろうとして、それで、

 ――倒れたのか。

「凸ちゃん、ちょっと待ってて。料理温めなおさなきゃいけないから、その間テレビでも見てくつろいでてくださいな」

「ああすまない。そうさせてもらうよ」

 凸もりは、嬉しそうに台所へ向かう雛子の背中を見送り、大きく伸びをして、

 そういえば。

 ――どうも静かだと思ったら、

 午後九時二十八分。もう寝ているのかもしれない。正直助かった、と思う。あいつといると疲れるのだ。

 戸越ヒメ。歳は十二で、現在中学一年生。ランドセルなしの登下校にようやく慣れてきた頃である。性格は底抜けに明るい、というよりも、馬鹿と言ったほうが適切かもしれない。自分でも意味が分かっていない言葉や、そもそも間違っている言葉を自信満々に会話に織り交ぜてくるその姿は、まさに「馬鹿」以外の何者でもない。しかし、馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったもので、確かに彼女は馬鹿だが、いつもと変わらない調子で時に核心をついた発言をするし、心の内の何もかもを明け透けに晒しているように見えて、どこか底の知れない雰囲気がある。意外に地頭はいいのかもしれない。

 ヒメと話しているとものすごく疲れる。精神的な疲労に限って言えば、フルマラソンなんて比じゃないほどに疲れるのだ。だからこんな時に話したくはなかったし、寝てくれていて本当に助かった。

 と思ったのだが、

「あら凸もり君、起きてたのね」

 この人がいた。

「倒れたって聞いた時は心配したわよ。仕事、そんなに大変だったの?」

「まあ、そんなところです」

 ふうん、と聞いてるのか聞いていないのかよく分からないような返事をして、冴子はにやにやと笑いながら凸もりの体を上から下にじろじろ眺め、最後には凸もりの顔を見つめながら、

「そっかぁ。凸もり君は男の子だもんね。――はぁ、働く青年って素敵よねぇ。私も、あと十歳若かったら凸もり君のお嫁さんに立候補してたのになぁ」

 何を馬鹿な、と思った。もう結婚なんて絶対しない、と言っていたくせに。

 戸越冴子は、美人である。街を歩けば大抵の男は振り向くし、振り向かなかった男も彼女が美人かどうかと聞かれれば十中八九美人だと答えるだろう。彼女を美人だと言えないのは嫉妬深い女か、そうでなければ惚れた女の前で格好つけようとする男くらいなものだろう。しかし、そんな奴らでも内心では美人だと認めざるを得ないほどの美人、それが彼女である。年齢不詳の艶やかな肌と、その抜群のスタイルは二十台後半と言っても通じるほどで、彼女自身それを分かっているから質が悪い。二十年以上見てきても、その美貌が衰える様子は微塵も見せない。

 そして、美人というのは何も容姿だけではない。彼女曰く、相手のどんなところも受け入れる懐の深さも美人の一要素であるのだという。見た目だけでなく、性格まで含めて美人の条件だというのが彼女の考えだった。戸越冴子は美人である。

 嘘だ、と思った。相手のどんなところも受け入れるなんて、真っ赤な嘘だと思った。当然である。彼女が、もう結婚はしないと決めたのには理由があった。

 それは凸もりがまだ小さい頃のことだったし、よく覚えていないけれど、ただ、自分が考えていたよりもずっと離婚というのは呆気ないものなのだ、と思ったことは覚えている。雛子は泣いていて、でも、冴子は何の未練もないように澄ました顔をしていた。時間が合わないから離婚だなんて大人のすることではない、と思った。大人だからなのかもしれない、とも思った。あれから随分時間が経ったし、もう気にしていないと思って、思い切って結婚についての話を振ったことがある。他愛無い雑談のつもりだった。が。あの時の空気は思い出しただけでも気分が悪くなる。他人が結婚の話を振った時はああなのに、どうして自分からその話題を、何食わぬ顔で振ってくるのだろうと思う。

 ここで妙な反応を見せてはいけない。凸もりは笑顔で、自然に返事をしようとして、

「は、はは、何をご冗談を……」

 出たのは、どこまでもぎこちない苦笑いだった。

「あら、冗談に聞こえた? 半分本気だったのに。凸もり君が今の歳でもいいって言うなら、私は全然構わないのよ?」

 もう勘弁して欲しかった。これ以上こんなことを言われて耐え切れる自信がない。

「もうっ、何言ってるのお母さんったら」

 声がして振り向けば、台所で料理を温めなおしていたはずの雛子がそこに立っていた。

「あと十歳若くても私がいる限り凸ちゃんは、たとえ天変地異が起ころうと絶対にお母さんには靡かないわよ」

 助かったと思ったのは一瞬だけだった。

「ふうんそっかあ。私の人生最大のミスは、自分の娘を誰もが羨む美人に生んでしまったことね……」

 それは、親子の会話とは言い難いものだった。さっきよりかましかそうでないかと言われれば、さっきよりはましかもしれないが、それでも居心地はよくない。本気で言っているわけではないのは分かっている。だから、

 ――ここで俺がすべきなのは、

「それより、あんたたちまだつき合ってないんでしょ? もう早くつき合っちゃえばいいのに。冴子お姉様は、凸もり君のお義母さんになるのを、楽しみにしてるのよ?」

 無視だった。二十年以上もこの親子とつき合ってきていくつもの方法を試してきたが、結局、一番効果があったのはそれだった。この親子に真っ向から挑むのは諦めたのだ。ただじっと、会話が終わるのを待つしかなかった。

「お母さん! それは言っちゃダメだよっ。凸ちゃんただでさえ奥手なのに、意識してもっと奥手になっちゃうでしょ!?」

 怒るべきはそこじゃないだろう――口を挟みたかったが、我慢しかなかった。せっかく自分を差し置いて話をしてくれているのに、わざわざそこに自分から突っ込んでいく必要はない。耐えるべきだった。

「あら、あんたたちまだまだお子ちゃまね。ちんたらしてると、あんた凸もり君の義理の娘になっちゃうわよ?」

 耐えるべきだったが、

「やれるもんならやってみなさいよっ。返り討ちにしてやるわ!」

 もう、限界だった。凸もりは大きく息を吸い、体の疲れと空腹と明日の休みが潰れたストレスと自分を差し置いて自分について話す二人への怒りをぶつけようとして、

「――――っ」

 吸った息が、そのまま口から漏れ出た。

 ――電話? こんな時間に? じいちゃんかな……。

 変だとは思ったが、この状況から逃れられるなら何でもよかった。凸もりは電話だから、と一言言ってその場を離れ、ポケットから携帯電話を取り、画面を見た。

 『職場』

 凸もりの携帯電話に登録された連絡先の名前は、全て自分で分かりやすいようにつけられている。自宅なら「自宅」、職場なら「職場」、祖父なら「じいちゃん」、雛子なら「ひなこ」と普段正式名称で呼ばない場所だったり、フルネームで呼ばない人からの電話でもすぐに分かるようにそうしているのだ。苗字は登録しないので整理する時に綺麗に並ばなくて苦労するのだが、それでも分かりやすさを優先するのが凸もりのこだわりだった。だから、

 ――こんな時間に職場から電話?

 一瞬も考えることなく、職場からの電話だと理解した。

 何かやらかしただろうか。凸もりは急に心配になって、固唾を呑み、急いで電話に出た。

「はい、藤田で――」

『藤田かっ! お前、今どこにいるっ!?』

 上司だった。しかし、様子がおかしい。普段ならこんな相手の言葉を遮るようなことはしないし、やけに慌てている様子だった。予想は当たっていたのかもしれない。

「い、今はまだ、家には戻っておりませんが、」

『そうか、なら丁度いいっ。今すぐ交番の方に戻ってきてくれ!』

 やはりおかしかった。こんな時間にいきなり電話してきて、こんな時間にいきなり呼び出すなんて、普段ならありえないことだったし、いつもなら適当な理由をつけて断っていたと思う。しかし、ここまで慌てる上司の声は聞いたことがない。普段ではありえないこと。それだけで、普段とは違う行動を取る理由にはなると思う。

「――了解しました。ええと、」

 こんな時間に呼び出されるのだ。これくらい聞いても罰は当たらないと思った。

「何かあったんですか?」

 上司は一瞬黙って、思い詰めたように、

『……事件だ』

「は?」

 聞き間違いか、そうでなければ冗談だと思った。こんな田舎町で急な呼び出しを食らうほどの事件が起こるはずがないと思っていたし、本当に何かあったなんて考えもしなかった。きっとこれもたまにあるくだらない理由での呼び出しと変わらなくて、上司が慌てているのはゴキブリかネズミでも見つけたからだ――なんて、軽く考えていた。

『人が死んだ』

 今度こそ冗談だと思った。まさか、こんな町で死亡者が出るなんて、信じられなかった。それも、「事件」ということは川で溺れたとか階段を転げ落ちたとかそんなことではなく、人の手で人が「殺された」ということだ。

『被害者の名は平川ナツ。まだ十三歳の少女だ』

 平川ナツ。嘘だ、と思った。この町に住む人の名前は大体知っている。平川、という苗字にも、ナツ、という名前にも聞き覚えはなかった。ない、と思いたかった。

 ――少女。

 違う。

 ――十三歳の、

 そんなわけない。

 ――平川、ナツ。

 絶対に、ありえない。

 ――まさか、

 そんなことがあるはずがない。

 ――あの時の、

 凸もりは返事もせず電話を切り、未だ口論を続ける雛子と冴子に、

「麻婆豆腐はまた今度食べさせてくれっ」

 雛子が不安そうに振り向いて、

「何かあったの?」

 言えるわけがなかった。

「いや、大したことじゃない。明日、時間があればまた顔出すよ」

 そう言って玄関へ走り、靴を履き振り返って

「すみません、また急に。ええと、今日はもう夜も遅いですから、二人とも外には出ないようにお願いします!」

 返事も待たずに玄関のドアを開け、閉めもせずに走り出していた。

 まだまだ今日は終わらない。

 凸もりは道に転がっていた小さな石ころに躓き、それでも転ぶまいとして腕を振り回しながら目茶苦茶な姿勢で走り続けた。交番へ行くのは怖くて、それでも脚はどんどん加速していく。

 なにか恐ろしいことが起きる、そんな気がした。

 ――いや、

 もう、起きているのかもしれなかった。

 今日は本当に厄日だ。

 

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投稿者プロフィール

えんきまる(きゃっとまん)
えんきまる(きゃっとまん)10さいの女の子
わたしは、小学5年生で、小せつを書くのが、すきです。なぜなら、小せつを書くのは、たのしいし、おも白いと思うからです。がんばって書くから、よんでください。
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