【ノベライズ版】ナツのおしらせ

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第5話『閃光記憶』

投稿日:2017年1月8日 更新日:

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん)


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第5話『閃光記憶』

 完全に目が覚めて、日の光に目が慣れて、体中の痛みに気づいた時にはもう、昨日のことは全て思い出していた。

 平川ナツの遺体があの河原の近くに捨てられていたらしいということも、その体には複数の痣や傷があったらしいということも、傷害致死と、死体遺棄の罪も問われるだろうということも、昨日聞いた言葉が、気持ち悪いほど鮮明に記憶として残っていた。

 それだけではない。それを聞いたあと、野次馬を撮影したことも、周辺住民に聞き込みをしたことも、平川ナツがつい最近母親と二人でこの町に引っ越してきたという情報を得たことも、しかし事件については大した情報が得られなかったことも、聞き込みを終えた時には三時を回っていたことも、何なら、帰り道にすれ違った男のズボンのチャックが開いていたことだって、今ならみんな思い出すことができた。なのに、

 ――平川、つぐみ。

 現場近くで、平川ナツの母親を見た。そのはずなのに、彼女についての記憶だけがすっぽり抜け落ちていた。何があったのか。いくら思い出そうとしても、その記憶はすっかり息を潜めて、影も形も見つからなかった。もう少し時間を掛ければ思い出せるだろうか。凸もりは意識を夢から引き上げようとして、

 ――今日は、

 こんなに明るくなるまで寝てしまったが、今日は、何か予定があっただろうか。凸もりは唐突に思い至り、頭の中でカレンダーをめくる。

 ――ええと、昨日は、

 七月、二十日の、土曜日だったから、

 ――今日は……非番か。

 よかった、と思った。非番なら、心置きなく休めるというものだ。今日は休もう。起きたら一番に布団を敷いて、朝食をとってトイレへ行って、それから眠ろう。予定なんて、何も、

 ――――あった。

 しつこくつきまとっていた眠気が、一瞬で吹き飛んだ。平川つぐみのことなど、もう既に頭から完全に消え失せていた。今の今まで忘れていた。まだ間に合うだろうか。凸もりは弾かれたように体を起こし、時計を見る。まだ少し寝惚けている頭は長針と短針の区別に長い時間を必要としたが、それでもなんとか凸もりは、時計の針が十一時二十七分を指していることを理解し、それと同時に、悠長に食事などとっている暇はないと悟った。

 約束の時間に遅れる。

 ――明日の十二時に、ここで待ち合わせねっ。遅れないでね!

 あの子との待ち合わせに、遅れてしまう。

 凸もりは頭の中がぐちゃぐちゃになって、服を脱ごうとしているのか電気をつけようとしているのか立ち上がろうとしているのか、あるいはその全てを同時に行おうとしているようなよく分からない動きをして、脱いだシャツを踏んづけて派手にすっ転んでからようやく、

 口から自然にため息が漏れた。

 ――そっか。あの子は、もう、

 自分はまだ、夢から醒めていなかったのかもしれない。

 昨日の出来事もみんな、夢だと思っていたのかもしれない。電話で事件が起こったことを知った時の驚愕も、写真を見てやはりあの子だった時の衝撃も、心のどこかで現実の出来事ではないと思い込んでいたのかもしれない。殺されたなんてきっと悪い夢で、あの子はまだ生きていて、約束を楽しみにして目覚ましをいつもより早い時間に掛けて、昨日はよく眠れなくて、今日はいつもより朝早く起きて、朝ご飯もろくに食べずに約束よりかなり早い時間から河原で自分のことを待っているのだと、心のどこかでそう思っていたのかもしれない。

 ――そんなことはありえないのに。

 夢なんかじゃない。みんな現実の出来事だ。事件は本当に起こっていた。約束なんてもう必要ない。あの子はもう、死んでしまって、どこにもいないのだ。

 頭のどこかをぎゅっと縛られていたものが、消えたような気がした。凸もりは再び目を閉じる。今ならもう、容易に思い出すことができた。

 

 夜だというのに、蝉の声が喧しかった。

 やはりこれも地球温暖化のせいだろうか。日が落ちたことにも気づかず、蝉はうるさく鳴き続けていた。凸もりは疎らになってきた野次馬の間をすり抜け、汗をかきながら歩いていた。嫌な汗だった。きっとこれも蝉のせいだった。蝉の声を聞くだけで、なんとなく暑いような気がしてくるのだ。蝉の声なんて、消えてしまえばいいのに――砂利を踏みつけながらそう思った。叶うはずがない願いだった。しかし、その願いは本当に、予想以上に早く叶ってしまった。

 まず聞こえたのは、女の叫び声だった。何があったのか、凸もりは声がした方へ駆け出して、そこに辿り着いた時には――もう叫び声は消えていて、夜の闇に、再び蝉の声が喧しく響いていた。そして凸もりは、そこに、人でない何かを見た。「それ」は人の形をしていて、しかし人であるはずがないと思った。椅子に座り、体を動かそうともせず目の前の虚空を見つめるそれを見て、それが人形であるという結論に達するのに、そう時間はかからなかった。警官の質問にも答えようとせず、何の反応も示さないそれが、人間であるはずがなかった。

 その人形は、平川ナツの母親、平川つぐみと言うらしかった。さっきの叫び声もやはりこの人形のもので、娘の遺体を見た途端表情を発狂し、ついさっき唐突に、ぷつりと糸が切れたように静かになって、質問をしても答えず押し黙ってしまったのだという。信じられなかった。人形に表情などあるものか、と思った。が、凸もりがそこを立ち去ろうとした時であった。凸もりは最後に少しだけ人形を振り向いて、

 目が、合った。

 さっきとほんの少しも違わない顔をしていて、しかし、その目には表情があった。それがどんな感情だったのかはわからなかったが、今思い出しても寒気がする。恐ろしい表情だった。

 

 目を開けた。

「あ」

 目の前で、こいつは何をしているんだ、とでも言いたげな顔でこちらを見下ろしていたのは凸もりの祖父、藤田玄次郎71歳その人であった。凸もりは恥ずかしそうな苦笑いを返し、玄次郎の目が自分の顔よりも少し下を向いていることに気がついて、その視線を追えば、

 そうだった。自分の状況を改めて認識して、凸もりは耐え難い羞恥心に襲われた。

 服を脱いだまま――裸だった。

 凸もりはあくまで平静を装い、しかし玄次郎と碌に目も合わせずに言った。

「あ、あの、じいちゃん、昨日はごめん。仕事で帰れなくて。その、なんて言ったらいいか、」

 凸もりがちらりと横目で玄次郎の方を見れば、流石。裸男の痛々しい言い訳を聞いても表情ひとつ変えない。が、さしもの玄次郎といえど、この状況で動揺しないなど不可能であった。

「――そんなこと、気にするな。俺だって、元刑事だ。今朝のニュースを見れば、仕事だったことくらい、すぐにわかる」

 その声は、動揺を全く隠しきれていなかった。

「そもそも、俺に謝る必要なんて、ないだろう。俺は子供じゃないし、ぼけるのだって、まだまだ先だ。自分のことくらい、自分でできるわ」

 あんたがそれを言うのか。

 軽い笑いだった。普通にしていれば口元が少し緩むくらいの、本当に軽い笑いだった。玄次郎は凸もりの顔など見てはおらず、その程度なら笑っていることにも気づかれなかっただろう。だが、その笑いを堪えようとしたせいか、逆に盛大に吹き出してしまった。

 凸もりの顔に、玄次郎の視線が突き刺さった。凸もりは気まずそうに、しかしまだ笑いが止まらないのか、にやけるのを必死に隠そうとしながら視線をふすまの方に逃した。

 そうしたまま何秒が経っただろうか。玄次郎は、ふんっ、と鼻を鳴らし、

「刑事だったら夜通しの捜査なんて当たり前だ。お前は俺のことなんて気にせず、事件と向き合っていればいいんだ。それが刑事ってもんだろう」

 段々と調子を取り戻して、饒舌になってきた。

 玄次郎はいい男であった。まず貫禄が違う。現役だった頃は何百という現場を足で捜査していたという。そんな情熱にあふれた刑事だった玄次郎の言葉の重みは、自分のような子供とは流石に違った。腕を組み、実に偉そうに話すその姿が様になっているのも、やはり年の功というやつなのだろうか。自分が同じ格好をしたとしても、あの貫禄は出せないだろう。

「まあ、それはいいとして、だ。玄関先に客が来てるぞ。戸越の娘っ子が二人だ」

 ――戸越の娘っ子が二人。

 雛子とヒメだ。

 唐突だった。

 ――来てるの?

 凸もりは急いで立ち上がり、ばたばたとドアに駆け寄って、ドアノブに手を掛けようとして振り返り、

「えと、ありがとな、じいちゃ――」

「凸もり、」

 お礼を言おうとして、遮られた。玄次郎はいつにも増して鋭い目でこちらを睨みつけている。大きくため息をつき、何を言うのかと思えば、

「先に服を着ろ」

 裸だった。

 

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投稿者プロフィール

えんきまる(きゃっとまん)
えんきまる(きゃっとまん)10さいの女の子
わたしは、小学5年生で、小せつを書くのが、すきです。なぜなら、小せつを書くのは、たのしいし、おも白いと思うからです。がんばって書くから、よんでください。
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