【ノベライズ版】ナツのおしらせ

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第7話『「いい」か「悪い」か』

投稿日:2017年2月28日 更新日:

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん)


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第7話『「いい」か「悪い」か』

「あんたたち、まだつき合ってないの?」

 十八時五十二分、戸越家である。さすがに二日続けて遅刻するわけにもいかず、ましてや「誰にも言えない秘密の理由」で約束をすっぽかすなどもってのほか。許されるはずがなかった。ゆっくりとシャワーを浴びる暇もなく押っ取り刀で駆けつけた凸もりを労りもせず、さあさあと背中を押されてソファに座らされ、雛子は台所で料理を続け、ヒメは見たいアニメ番組があるらしくテレビに張りつき、凸もりはというと、隣で頬杖をついている冴子に延々と話を聞かされていた。

「ま、まだ……? まあ……そう、ですね」

「ふうーん、つき合っちゃえばいいのに」

「またそんなこと――」

 そっぽを向いていた冴子がくるりと振り向いて、凸もりに顔を近づける。その口元にはいやらしい笑み。何を言おうとしているのかはすぐにわかった。

「いいじゃない。凸もりくんみたいなイケメンが毎日家にいたら、お姉さん若返っちゃうわ」

 ――今でもこんなに若いのに。

 これ以上若くなってどうするつもりだ、と凸もりは思う。しかし、この世の女性は皆例外なく若返りを望むとどこかで聞いたことがあるが、既に異常なほどの若々しさを手にしている彼女はその限りではないのだと勝手に思い込んでしまっていた。考えてみれば、彼女の歳でこれほど若く見えるのだ。彼女が「特別なことは何もしていない」とどれだけ言い張っても、常人には到底真似できないほどの努力をしてきたのは明白だ。どれだけ元が綺麗でも、そうでなければここまで若くはなれないだろう。若返るために彼女は様々な努力を重ねてきたわけであり、ということは、もう若く見せる限界が近づいてきていることは彼女自身が一番よく分かっているはずである。

 だが、傍から見れば彼女はまだまだ若々しくて綺麗だ。そんな彼女の顔が今、喩えでもなんでもなく自分の目と鼻の先にあって、生暖かい吐息を頬に感じるこの状況がどうしようもなく恥ずかしかった。ふと、彼女の鼻と自分の鼻が触れ合って咄嗟に目を瞑り、

「――それにしても、凸もりくんが戻ってきてから、もう二ヶ月も経ったのね」

 数瞬の間を置いて目を開いた時にはもう、さっきまで目の前にあったはずの顔は消えていて、再び冴子はそっぽを向いて頬杖をついていた。

「なんだか、月日が流れるのって早いわね」

「ええ、本当に。俺も、あっという間な気がします」

「私達は凸もりくんに戻ってきてもらって嬉しかったけど……凸もりくん自身はどうなの? やっぱり、こんな田舎じゃ物足りない?」

 物足りない――どうだろうか。確かに苑御町は「ど」がつくほどの田舎だが、特に不自由していることはない。毎日のように事件に追われるようなこともなく、「田舎町でのスローライフ」といえば、憧れる人も多いのではないかと思う。そしてそれは、凸もりとて例外ではない。毎日毎日事件のことだけを考えて過ごす忙しない日々よりも、たとえ田舎だろうが、穏やかな町でゆっくりと過ごす日々の方がいいに決まっている。そっちの方が、「いい」に決まっているのだ。しかし、だ。確かに凸もりは今の生活を「悪い」とは思っていないが、そうではないのだ。

 「いい」とか「悪い」とかそういうことではなくて、要するに凸もりは、今の生活を「まだ望んではいなかった」のだ。どうしても晴れない胸の内の靄。マラソン大会でまだゴールテープを切っていないのに拍手喝采をもらうような違和感。恩賞にしてはあまりに早すぎた。どうしようもなく歪で、どうしようもない居心地の悪さ。そして、自分自身が今の生活に甘んじてしまっているのが何より不愉快だった。警察官になって三年目、以前の職場では情熱的に仕事に勤しんでいたのに、苑御町に転勤となってから、その情熱は露と消えてしまった。無難に職務を全うして、警察官として町の平和を守れればそれでいい――そんな風に考えてしまっている。悪いことではないはずだ。むしろ、大きな事件を望む事こそ警察官がしてはいけないことなのだが、どうしても気持ち悪さが拭えなかった。しかし、

「――物足りなくなんてありません、楽しいですよ。あんな事件は起きてしまいましたけど、それなりに穏やかですし。それに、俺自身小さい頃から慣れ親しんできた町ですしね」

 物足りない、なんて正直に言えるほどの度胸を、凸もりは持ち合わせてはいなかった。冴子は安堵の表情を浮かべて、

「そう、それならよかったわ。あんなことがあってこの町に来たでしょ? 私、凸もりくんが後悔してるんじゃないかと思って…………警察をやめるかも、とも思ったわ」

「――それはないですよ。ひたすら苦労して、やっとなれた警察官ですから。それに、この歳で職を失って路頭に迷うなんて御免ですから」

 本当は、何度も何度も辞めようと思ったのにな――凸もりは薄く笑う。稲葉さんが俺のことを庇ってくれなかったら今こうして警察官であり続けることができたかはわからない。

「何にしてもよ。凸もりくんのせいじゃないんだから、あんなこと気にする必要ないわ。気にしちゃうのもわかるけどね。だって、――」

 背後。

「はーい、暗い話はそこまで! もうご飯できたわよ。凸ちゃんは手ぇ洗ってきて、お母さんは食器の用意手伝って」

 冴子は目を丸くして、次いでくすりと笑ってから、

「はいはい。まったく、人使いが荒い娘だこと」

 凸もりは、自宅の次に長く使ってきた戸越家の洗面所で手を洗いながら思う。

 ――なんだか、

 嫌なことを思い出してしまった。

 

 

 自分の身に起きていることが理解できなかった。

 ――いや、

 その身に理解できない「こと」が起きているのは自分ではなく、彼女の方だ。

 それは綺麗な少女だった。小さな両手で凸もりの右手を握り締めて、凸もりの胸で幸せそうにすーすーと寝息を立て、それに合わせて長くて瑞々しい緑髪の赤い照り返しが揺れる。手を握る力を少し強めれば彼女も負けじと握り返し、左手で髪を撫でれば嬉しそうに笑う。細い肢体に白い肌。小さな顔も大きな目も、記憶の中の彼女がそっくりそのまま出てきたようだった。

 平川ナツだった。

 昨夜死亡したはずの、あの、平川ナツだった。

 何が何だか分からない。既に死んだはずの彼女が今、自分の胸で眠っているのだ。彼女の肌のきめ細やかさが、そこから感じる熱いくらいの体温が、服越しに伝わる吐息の生温かさが、胸にのしかかる信じられないくらいに軽い体重が、これが幻覚ではないことを雄弁に物語っていた。だが、幻覚じゃないというのなら、これは何だというのだ。死んだ人間が生き返るなんて絶対にあり得ない。それができるとしたらそれは人間であるはずがなくて、例えば人智を越えた神のような、

 ――今から私の、神に仕える巫女の能力・お死らせを発動するね。

 合点がいった。

 そうでなければ説明がつかなかった。これは神さまの仕業なのだ――そういうことにして、無理にでも納得するしかない。それが、凸もりが限界まで譲歩した結果の妥協点である。

「そうか、神さまが、生き返らせて、神さま……それなら、」

 現実を受け入れようと何度も何度も自分に言い聞かせ、凸もりがようやく「神さまの仕業なら仕方がない」と思い始めたところで、

『平川ナツは生き返ったわけじゃないよ』

 またこいつだ。

 勘弁してくれ、と思う。人がようやく道理にかなわない目茶苦茶な理由で自分を納得させたこの時に、余計なことは言わないでほしかった。どうしていつもいつも最悪のタイミングで出てくるのだろうか。凸もりは恨めしそうに

「――随分リアリティのある幻覚なんだな」

『幻覚だなんて言ってないよ。そこにいるのは確かに平川ナツだけど、彼女は生き返ったわけじゃない――ってことかな』

 ますます分からなくなった。今ここにいる彼女は幻覚なんかじゃなく確かに存在していて、しかし生き返ったわけでもなく、ならば彼女はどうしてここにいるのか。幽霊だ、とでも言いたいのか。そう聞くと霊夢はさもおかしそうに笑って、「まあ、あながち間違いでもないかもね」と言った。

『説明が面倒臭いな……簡単に言うとね、私は平川ナツの魂だけを現世に呼び戻したんだ』

 やはりと言うべきか、ナツが今ここにいるのは霊夢の「能力」によるものらしい。「お死らせ」というのがその名前である。普段からこだわりが強い霊夢はここでも、おしらせの「し」の字は孤独死の「死」だ起死回生の「死」だと何度も何度も言っていた。お死らせの能力とはずばり、未練を持った魂を呼び戻すというもので、霊夢はそれを降霊術に喩えた。第三者の手で殺害された魂はほとんどの場合「この世」に未練を残していて、平川ナツも例によってその通りだった。彼女の未練はきっと、探し物を見つけ出すこと。だから彼女の魂はこの河原に留まっていたのだという。霊夢はそこで説明をやめたが、凸もりには「この能力は喩えるなら降霊術のようなものだ」と聞いた時からずっと気になっていることがあった。

「――ふたつ、質問がある」

 霊夢は面倒臭そうな目で凸もりを見る。

『なに』

「誰の身体を使ったんだ?」

 驚いた。霊夢は目を丸くし、しかしすぐに下品な笑みに戻って、

『ふたつめは?』

「なぜ彼女は――、平川ナツの姿をしているんだ?」

 どうしてこうも、無駄に勘がいいのだろう。霊夢はしみじみ思う。誰の身体を使ったのか――ということは、一度もそんなことは言っていないのに、凸もりは既に、お死らせの発動には媒体となる身体が必要であることに気づいている。それに、何故彼女が平川ナツの姿をしているのか、という質問。勘が良すぎて頭にくる。別段隠すようなことでもないし、隠すつもりもなかった。お死らせについて説明をしている時にふと心の奥底から意地の悪さが浮かび上がってきて、なんとなく話さずにいた。凸もりに対して優位に立っているこの状況を少しでも長く楽しみたかったのだ。ただそれだけだったのだが、そういう時に限って、凸もりの勘のよさは遺憾なく発揮される。怒ることはない。聞かれてしまったものは仕方ない、路線変更だ。言わずの優位が崩れても、質問されているのはこっち。圧倒的優位に違いはないのだ。質問に対して極めて冷静に、滑らかに答えることでそれを保つしかない。あくまでも笑みは崩さない。

『私と魔理沙はね、今の姿が本来の姿じゃないんだ。今だって、少しくらいなら自由に見た目が変えられる。『霊夢』とか『魔理沙』っていうのもこの姿自体の名前であって、私達自身の名前じゃないんだよ。そして、私の持つ『霊力』を使えば、その自由度は遥かに増すんだ。たとえば、今は首から上しかないけど、ちょっと頑張れば人型になれる。もっと頑張れば、あんた以外の人からも見えるようにだってなれるんだ。霊力が切れたら戻っちゃうけどね。魔理沙には悪いけど、勝手に身体使わせてもらったよ。これでわかったでしょ? もう質問はないようだから今度はこっちから聞かせてもらうけど――』

 声の震えを必死で抑えつける。

『――なんで気づいたの?』

 凸もりは答える。

「さっきお前、降霊術みたいなもんだって言ったじゃねえか。それってつまり、誰かの身体を媒体に使ったってことじゃねえのか?」

 ああ、

 ――余計なこと言わなきゃよかった。

 

 

 ――ヒメのせいだ。

 凸もりは走る。

 ――ヒメのせいだ。

 彼女の余計なひと言のせいで、こんなに遅くなってしまった。

 ――ヒメのせいだ。

 いつもなら既に寝ている時間だったのに。

 ――ヒメのせいだ。

 今日から夏休みなんだ、なんて、

 ――ヒメのせいだ。

 夏休み初日から夜更かしなんてしやがって、と思う。

 ――ヒメのせいだ。

 凸もりは玄関の引き戸を勢いよく開き、戸当りにぶつかる直前の引き戸を慌ててどうにか引き止める。ぎりぎりセーフ。こんな夜中にあんな派手な音を立てれば、ご近所さんに文句を言われるのは明らかだ。息をつき、今度は音の立たないよう慎重に戸を閉じて、靴を放り出して自室へ向かう。左手にはナツの晩御飯が入ったコンビニの茶色いレジ袋。

「すまんナツ、遅くなった。晩飯買ってきたぞ」

 そう言ってドアを開ける。返事はない。不思議に思った凸もりはドアを閉め、中に入って部屋を見回して、ある一点に釘づけになった。

 服も着替えず布団も掛けず、普段自分しか使うことのないベッドの上で小さくなって眠るそれは、凸もりの目にはまったく異質なものとして映った。異質。喩えるなら天使のような――なんて、自分でも安っぽいと思うけれど、それ以外に気の利いた言葉は一切浮かばなかった。

 動けなくなった。自分でも気づかないうちに見とれていたのかもしれない。唐突に、とんでもなく密度の濃い二日間だった、と思う。自転車のパンク。平川ナツとの出会い。部長の説教。戸越家での夕食。上司からの電話。周辺住民への聞き込み。雛子とヒメの来訪。河原の捜索。再び戸越家での夕食。そして、今だ。起きた出来事を箇条書きで挙げていけばそうでもないのに、そう思うのは回想に逃げすぎたせいだろうか。彼女と出会ったのがつい昨日のことだとはどうしても信じられなかった。

 ――ん……ぅん、んー、

 突如聞こえたその声に、凸もりはナツの顔へ視線を向ける。

「……おにぃ、ちゃ、」

 寝言だった。笑う。

 ――まだまだ子供だな。

 明日からはもっと早く帰れるようにしなくては、と思う。そして――この子のためにも、この町のためにも、早くこの事件を解決しなくてはならない。凸もりは再び決意を固める。

 眠ることにした。

 

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投稿者プロフィール

えんきまる(きゃっとまん)
えんきまる(きゃっとまん)10さいの女の子
わたしは、小学5年生で、小せつを書くのが、すきです。なぜなら、小せつを書くのは、たのしいし、おも白いと思うからです。がんばって書くから、よんでください。
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