【ノベライズ版】ナツのおしらせ

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第8話『カインの末裔』

投稿日:2017年3月11日 更新日:

原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん)


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第8話『カインの末裔』

 今朝は、ナツの声で目が醒めた。

 眠る凸もりの腹に馬乗りになって胸に手を載せ、肩を揺らしながらお兄ちゃんお兄ちゃんと呼びかけるその姿は小さい頃から何度も何度も漫画やアニメで見てきた「可愛い妹の目覚ましコール」そのままで、それは、現実の女はそんなにいいもんじゃないだの実際にそんなことをされたらまず吐き気が来るだの、経験もないくせに嫉妬で出任せを口にする奴らが見たらあまりの愛らしさと妬ましさにショック死するんじゃないかと思うほどの絶大な威力を秘めていた。そういうわけで、今朝の凸もりの目覚めは二十五年間生きてきた中で最高と言ってもいいほど気持ちが良くて、使い慣れない枕と布団でよく眠れなかったというのに眠気は微塵も残ってはいなかった。しかし、

 朝の八時十二分。どれだけ寝覚めがよくとも、こればっかりはどうにもならない。完全に遅刻する時間だった。日勤。遅くとも八時半には交番についていなくてはいけないのに、今からでも間に合うだろうか。あと十八分。出勤前の準備は最低限まで削れば五分も掛からず終わるが、それは「いつも通りなら」の話だ。今日はいつもとは違って、ナツがいるのだ。自分は朝食を抜いても大丈夫だが、ナツの場合そうはいかない。ナツはまだ子供、それも十三歳といえば成長期真っ只中だ。当然腹も減るだろうし、朝食の用意は不可欠だ。しかも、こればかりは人には任せられない。そもそもナツの姿を見ることができるのは凸もり以外におらず、「見えない誰か」のために朝食を準備するなんて、アフリカかどこかの怪しい山奥に住む怪しい装束を身に纏った怪しい民族でもなければ普通はしない。とりわけ日本の普通の田舎町に住む普通の服をきた普通の日本人である凸もりの家でそんなことは天地がひっくり返っても起こらないだろうし、やはり今日も藤田家の生活様式は日本の一般的な家庭に準じていた。

 遅刻は決定的。ならばここからは、「どれだけ遅刻の時間を縮められるか」だった。

 凸もりはすぐに行動を始めた。着替えに一分。着替えるためにナツを部屋の外へ追い出すのに三分。朝食を作るのに二分。目玉焼きは半熟と固焼きどちらが好きかを聞き出すのに三分。そして、仕事について行きたいとごねるナツを家で待つよう説得するのには、実に十分を要した。家を出たのは八時三十一分。交番まで全速力で走っても、十分以内に着いたことは未だかつて一度もなかった。

 

 

 平川ナツは、生前の記憶をほとんど有していなかった。

 「ほとんど」とは、凸もりの家の、凸もりの部屋の、凸もりのベッドで目を醒ました彼女が憶えていたのは「平川ナツ」という名前だけで、それ以外には何も思い出せないと言ったからだ。霊夢曰く、

 ――お死らせの副作用みたいなものだね。無理もないよ、魂がいきなり違う身体に乗り移ったんだから。突然大量に流れこんできた記憶を脳がうまく処理しきれなくて、それを思い出せるようになるまで時間がかかるんだ。

 どうやら、彼女から事件について聞き出してあっさり解決とはいかないようだった。そして、凸もり以外の人間には彼女の姿を見ることすらできない。記憶を持たない彼女が――あるいは記憶を持っていたとしても、まだ十三歳の彼女が一人で生きていけるとは到底思えなかった。となれば、こうなってしまったのも当然のことなのだろう。

 目を醒ましてからまだ二十分。そんな短時間で、ナツはもうすっかりこの家に慣れてしまった。しかし、基本的な記憶も幾らか同時に失っているのかもしれない。テレビのリモコンやらパソコンのマウスやら、どこから見つけてきたのか埃を被ったフロッピーディスクの束なんかを持って来てはこれは何これは何と興味津々に質問をしてくる。ひとまず生活に困らない程度の知識はあった方がいいだろう。凸もりはナツを家中連れ回して生活に必要な物の場所や用途を教えようとするのだが、これがなかなかうまくいかない。好奇心ばかりが先走って説明なんて聞いてはくれないし、ようやく聞いてくれたと思えば、今度は何とも答えにくい疑問を次々と投げかけてくる。彼女に悪気などこれっぽっちもないのだろうが、ものすごく疲れる。

 ひとしきり教えきった頃には日はとっくに落ちていて、雛子との約束の時間も近づいていた。しかし疲れを癒す間もなく、今度はナツを留守番させるための説得が始まる。いくら理由を説明しても、ナツは一歩も譲らない。おにいちゃんと一緒にいたい。おにいちゃんが行くなら私も着いて行く。そこに譲歩の余地はないようで、ナツの目はどこまでもまっすぐだった。この種の意地は大人よりも子供の方が遥かに強くて、一度言い始めたらその条件を飲んだとしても、今度はそれを拒否することすらある。要するに自分の言っていることが自分でも分かっていなくて、要求を飲んでもらうことよりも意地を張ることの方が大事なのだ。その「意地」とは、最初のうちは要求を通そうとする気持ちなのだが、途中からはそんなことよりも相手の意見に反発することが第一になってしまう。だから子供相手に穏便に済ませるためには早い内に相手の条件を受け入れるのが一番で、しかし、それでは説得として本末転倒である。結局のところ、子供を楽に説得する術などないのかもしれず、「説得」を諦めればあるいは簡単なことなのかもしれなかった。

 ――留守番してくれたら今度、遊園地に連れてってやるからさ。

 遊園地。何と素敵な響きだろう。ナツの興味はすっかりそっちに移ってしまい、「それなら仕方がない」と凸もりがいない間の留守を任されてやることにした。凸もりは思う。

 父さん、母さん――、俺にも子供ができました。

 

 

 空家。公園。河原。最後には町から大きく外れた森の中まで探し、それでも平川つぐみは見つからなかった。二人は橋の手すりにもたれて息をつく。失踪とは馴染みのない言葉でもない。身柄を拘束された容疑者が姿を消すことはよくあったし、いつもすぐに見つかって、より厳重に拘束されることになるのでそう重く考えてはいなかった。

 しかし、ここは田舎である。今回の事件はただの殺人事件である。人の目が届かない場所といえば、長くそこに留まるのでもなければ田舎にはそんな場所が山ほどあって、探す広さも桁違いである。それを数人の警察官が探し回って、そう簡単に見つかるものではない。

 やっとの思いで交番にたどり着いた凸もりを出迎えたのは稲葉だった。遅刻について一切責めることもなく、いきなり「行くぞ」とだけ言われて手を引かれ、さっきまで凸もりが走ってきた道を引き返すように歩き出した。走りすぎて頭が回っていなかった凸もりがようやく事情を聞いたのは壁に穴の空いた空家に踏み込んでからで、それでも稲葉は簡単な説明しかしてくれなかった。平川つぐみが失踪した事実を知って驚く凸もりに対し、稲葉はさっきも説明しただろうと顔を顰め、「聞いてなかった」とはまさか言えず苦笑いする凸もりを尻目に屋内の捜索を再開した。この時はまだ、すぐに見つかると思っていた。

 まさかここまで見つからないものだとは。

 そもそも失踪なんてするのは有罪判決が濃厚の容疑者だと相場が決まっていて、「被害者の母親だから」なんてぼんやりとした理由で身柄が保護され、強い疑いも掛けられていなかったはずの彼女が失踪したというのはまさに異例の事態であった。思い当たる理由もない。頭がいかれてしまったのかもしれない。我が子の死が受け入れられず、探しに外へ飛び出した――ありそうな話だ。こんなのはどうだろう。彼女は今までごく普通の人生を送ってきたわけだから警察に身柄を保護されるなんて初めてで、娘が死んでパニックになっていた彼女は自分が捕まってしまうのではないかと思い至って必死で逃げ出した。彼女が極度の警察嫌いだった、というのは少々ふざけすぎだろうか。あるいは、

 彼女が犯人だとしたら。

 外れていたら事である。まさか誰に言えるわけもないが、実のところ凸もりは、この予想は当たっていると踏んでいる。つまり、「平川ナツを殺したのは彼女の母親だ」と。これもまたよくある話なのだ。身内を殺す、というのは。まだ出会ってから長くないが、それでも分かるほどに平川ナツはお転婆だ。駄々を捏ねられて、何かの拍子に殺してしまったのかもしれない。まだ可能性の話だが、凸もりの中では「かもしれない」よりも「きっとそうだ」という気持ちの方がいつの間にか大きくなっていた。

 振動音。

 稲葉が上着のポケットから携帯電話を取り出したのを見てようやく、凸もりはそれが着信を知らせるバイブレーションだと気がついた。

 電話に出る直前の「捜査本部か」という呟き。稲葉の怪訝そうな顔。「重要なこと」、「鈍器で後頭部を強打」、「複数の痣や傷」、「再度検死」、そこで稲葉はひどく驚いて、凸もりは耳を疑った。

「平川ナツが、虐待を受けていた!?」

 が、さほどの驚きはなかった。

 ――やっぱり、

 凸もりの考えは当たっていたのだろう。身体中にあった痣と傷――虐待の果てに殺してしまったのだとすれば。全て説明がつく。全て納得がいく。電話を切った稲葉の暗い顔を見て、平川つぐみがこの事件の犯人だ――凸もりはその考えを真実として呑み込んだ。とにかく今は、

「平川つぐみを、早く見つけましょう」

「ああそうだな。急ぐぞ」

 だが、そう簡単に見つかるはずもなかった。そもそも、今までだって探していたのだ。それでも見つからなかったのに、平川つぐみの扱いが変わったからといってすぐに見つかるものではない。時刻は二十二時を回り、平川つぐみの捜索を他の捜査員に引き継いで凸もりは帰路を行く。結局何の手掛かりも見つからず、足は棒のようになって家まで歩くだけでもひと苦労だった。あの後連絡が入って、平川つぐみの自宅の押入れから平川ナツのものと見られる血が付着した金属バットが見つかったらしいことを知った。やはり彼女が、

『苦労してるみたいだね』

 驚く気力もなかった。

「なあ、」

『なに』

「平川つぐみが死んでいたとしたら、その魂の場所が分かったりしないのか?」

 霊夢が何を言っているのか分からないような顔をして、凸もりは説明不足だったかもしれないと気がついた。疲れすぎて話が飛んでしまったか。

「この前使った『お死らせ』だよ。あの時お前、ナツの魂を『感知した』みたいなこと言ってなかったか? ってことは、平川つぐみの魂がどこにいるのかも感知できるんじゃないのか?」

 ため息。

『残念だけどそれは無理。私が感知できる距離なんてたかが知れてて、それこそ魂のすぐ近くにまで行かないと分からないんだ。この前ナツちゃんの魂が感知できたのはほとんど偶然みたいなものだよ。それに、魂が遺体の近くにあるとは限らない。遺体から遠く離れた場所にあることの方が多いくらいなんだ。だから、魂の場所がわかったところで役に立たないかも』

 ひと息置いて、

『それに、なんで凸もりはナツちゃんの母親が死んだなんて考えてるの? 遺体よりも生きた人間を見つける方が大変だって言ってたじゃない。これだけ探しても見つからないから、が理由じゃないんでしょ?』

 痛いところを突かれた。平川つぐみが死んでいるかもしれないと考える理由、そんなものは簡単だ。「死んでいてほしいから」。どうあっても警察官が抱いていい感情ではない。虐待の果ての殺害。その惨たらしさに憤り、あろうことか容疑者の死を望んだ。刑事失格だと思う。だが、どうしてもこの感情は消えてくれない。むしろ、思いはどんどん大きく、鋭くなっていく。今平川つぐみに会ったら真っ先に首に掴みかかって縊り殺すかもしれない。自分でも何をしでかすか分からない。これほどの激情は久しく忘れていた。抑えがたい衝動。いつまでも俯いて返事をしない凸もりに痺れを切らしたのか、霊夢が言う。

『分かるよ』

 顔を上げた。

『でもね、今あんたがすべきなのはナツちゃんの母親の死を願うことじゃなくて、生きたまま見つけることでしょ? それに、まだその人が犯人とは限らないんだから。思いをぶつけるのは見つかってから――自白してからでも遅くないんじゃない? 怒るのは、ナツちゃんを母親に会わせてあげてからしなよ。そして懺悔させるのよ。あんたがしなくちゃいけないのはそういうことでしょ? 違う?』

 何も言えなかった。

『――返事はいいよ。あんたも疲れてるんでしょ? ゆっくりシャワーでも浴びて頭冷やしなよ。もうこんな時間だし、早く帰ってあげな。ナツちゃん待ってるよ』

 そう言って、霊夢は消えた。最後まで凸もりは何も言えず、ひたすらに帰路を歩いていた。

 風が冷たかった。

 そのおかげか、家に着く頃には怒りはほとんど冷めていて、なんとか「ただいま」のひと言を言うことができた。やはり凸もりはコンビニの袋を持っていて、その中にはコンビニから家までの5キロを歩いているうちに冷めてしまった弁当が入っていた。疲れきった足で階段を上り、自室のドアを開いて

「ただい」

 背後から何かが抱きついてきた。ドアの後ろに隠れていたのだろうか。それは抱きついたまま「おにーいちゃん」と甘えるような声で言う。弁当の入った袋を取り落とし、嫌な音が聞こえた。意外に力は強いらしく、なかなか離れない。このままではどうにかなりそうだった。凸もりの心臓は信じられないくらい速く大きく高鳴って、何か言おうとして口からは意味を成さない声が漏れる。背中の「ここらへん」と「ここらへん」に当たっているのはナツの胸に間違いないだろう。凸もりは力で引き剥がすのを諦め、ヒトらしく言葉での交渉を開始した。

「ナツ! 遅くなったのは悪かった、反省してるから、頼むから離れてくれ!」

「いやー」

「一日中歩いたから汗臭いだろ。風呂に入ってからだったらいくらでもくっついていいからさ」

「いやー」

「じ、実は俺風邪引いちゃってさ、うつると悪いから、」

「いやー」

「ナ、ナツ、」

「いやー!」

 終いにはナツは涙目になって、どうしても離れようとはしなかった。

「嫌なの! もう、ずっと一緒にいるの!」

 何かおかしい、と思った。

「なにか、あったのか?」

 図星だったらしい。ナツは凸もりの肩に顔をうずめ、何度か鼻をすすってからぼそぼそと何かを言った。ナツは何を言ったのか、凸もりは聞き返そうと振り向いて、顔を上げたナツと目が合う。覚悟を決めたような表情。ナツは大きく息を吸って、驚天動地のひと言を口走った。

「私は、どうして人から見えないの!?」

 

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投稿者プロフィール

えんきまる(きゃっとまん)
えんきまる(きゃっとまん)10さいの女の子
わたしは、小学5年生で、小せつを書くのが、すきです。なぜなら、小せつを書くのは、たのしいし、おも白いと思うからです。がんばって書くから、よんでください。
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