【ノベライズ版】ナツのおしらせ

【ノベライズ版】ナツのおしらせ 第9話『死後生存』

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原作:凸もりMk-2  執筆:円伎丸(きゃっとまん)


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第9話『死後生存』

 平川ナツは「幽霊」である。藤田凸もり以外の人間には見ることも触れることもできない。

 しかし、彼女自身はそんなことに気がついてはいないし、実際、他の人間となんら変わりない生活を送っている。十三歳の少女らしくよく笑うし、よく泣くし、よく怒る。感情表現の豊かさで言えば、同年代のそれよりもむしろ人間らしいとさえ言える。幽霊のくせにまばたきもあくびも貧乏ゆすりも全く意識すらせずにやってのけ、ご飯は食うしベッドで眠る。トイレへ行けばうんこだってするし、一人前にウォシュレットまで使う。

 他の人間にさえ会わせなければ何も問題はないのだ。彼女が記憶を取り戻すまで、凸もりは彼女を自分の部屋から出さないように決めた。しかし、記憶をなくしていること以外は普通の人間だと思い込んでいる彼女が家から出ないように言われて、本当に言った通りおとなしくしているだろうか。命令を忠実に守るのはロボットだけだ。人間は、行くなと言われれば行きたくなるし、やるなと言われればやりたくなる生き物なのだ。

 平川ナツは畔道を往く。

 おにいちゃんはひどい男だと思う。慌てていたのか知らないが、朝用意されたのは朝食だけ。昼食と夕食はどうしろと言うのか。もしかしたら帰ってくるかもしれないと思って十二時を過ぎた頃から居間で待っていたのだが十分待っても二十分待っても帰ってくる気配はなく、そうこうしているうちに白髪頭の老人が弁当片手に居間に踏み込んできて、ナツの向かい側に座って弁当を食べ始めた。おにいちゃんのお父さんかもしれない。そう思ったナツだったが生憎礼儀作法などよく知らず、とりあえずといった感じで膝を折って頭を下げた。そしてひと言。

 ――わ、私、えと、平川ナツっていいますっ、

 返事はなかった。頭を下げたまま正面を盗み見ると、驚くことに老人はナツを無視して弁当を食べ続けている。何と失礼なことか。自分が頭を下げて丁寧に挨拶をしているというのに、この老人は気にも留めず食事を続けるのだ。しかしそこでナツは思い至る。もしかしたら、この老人はものすごく偉い人なのではないか。偉い人のことはよく分からないけれど、きっと自分達のような庶民よりも礼儀を重んじるに違いなく、自分の挨拶の仕方が悪いから無視をしているのではないだろうか。失礼なのは老人ではなく自分の方だったのだ。どこがいけなかったのかなあ。ナツは思い当たる部分を直して挨拶をやり直し、やり直し、やり直し、

 一時間が経ち、弁当を食べ終えた老人が自分の部屋に戻ってしまっても凸もりは戻ってこなかった。お腹が空いた。おにいちゃんはいつになったら戻ってきてくれるのだろう。もしかしたらこのままずっと戻ってこないかもしれないと不安になって、もしそうならどうすればいいのだろうと思った。ポケットの中を探るが食べられそうなものはひとつもなく、代わりに出てきたのは一枚の紙切れだった。笑う。ナツは、その紙切れが「お金」であることを知っていた。

 それにしても怖い人だったなあ、とナツは思う。何よりもあの鋭い目。あんな目にずっと見つめられていたらそのうち火が点きそうだ。

 石ころを蹴る。

 暑いし辛いし何もない。家を出て少し歩けば食べ物が売っている店なんてすぐに見つかるものだと思っていたが、現実はそう優しくないのであった。畔道に出てからは殊更何もなく、あるものといえば青一色の田圃だけ。ナツは千円札を大事に両手で握りしめ、家すら遠くに数軒見えるのみの舗装もされていないただただ空けた道を歩き続けていた。

 それが駄菓子屋であることに気がついたのは店先に置いてあるショーケース型の冷凍庫が目に入ってからで、それでも実際に中身を確認するまではその中にアイスキャンディーが入っているとは到底思えないほど寂れていた。さっきは駄菓子屋だと思ったのだが、本当にそうなのだろうか。駄菓子屋とはいえ営業中の店がこうも寂れているものか。ナツは半信半疑で、しかし落ち着いて周りをよく見れば、なるほど。捨てられたスクラップか何かだと思っていたそれは、赤錆だらけだが確かに四つ脚で背もたれのないベンチのようだったし、その上でぐったりとして一心不乱に棒アイスをしゃぶっているのは山から降りてきた猿ではなく確かに自分より少し歳が下の男の子に見えた。一緒にいる男の子と女の子は学校の友達だろうか。

 確かに駄菓子屋だ。ということは、

 「水を得た魚のよう」とはまさにこのことで、ようやく食べ物にありつけると歓んだ身体は、一体どこにそんな力が残っていたのかと思うほどの活力を発揮した。さっきまでは一歩進むたびに足の裏が痛んでいたというのに、今のナツはそんなことお構いなしに冷凍庫へ向かって一直線だった。冷凍庫の取っ手に手を掛けて渾身の力を込めて開こうとしたのだが、磁石が弱っていたのか思いの外軽い力で開いてしまい、ナツの手を離れたスライド式の扉はさらに勢いを増す。力の行き場を失ったナツの手は空を切り、そのまま冷凍庫の中に詰まったアイスの山へ突っ込んでいった。

 とっ、くしゃ、

 八つの目が、一斉にこちらを見た。咄嗟に謝ろうとしてナツが口を開くより先に、

「あぁ~、その冷凍庫ねぇ、古いからたまにそういうことがあるんだぁ。気にしないでぇ」

 山姥だ、と思った。まさに田舎訛りといった感じの妙に間延びした話し方をするそれは店の奥に佇んでこちらを見つめている。優しい口調のはずなのに恐ろしい。仄暗いカウンターの向こう側で陽の光に薄く照らされた皺が顔中に複雑な影を作っていて、それはまるでお面のように見えてどうにも不気味で、ナツはそれを間違いなく山姥だと思った。山奥に住んでいるはずの山姥が、こんなところで何をしているのだろう。ナツがそう思っていると、山姥は立ち上がってこちらへ向かって歩いてくる。

 殺される。

 凶器はその両手に違いなく、死体を捨てるのはきっと山の奥深くだ。逃げようにも、体力はもう既にほんの少しも残ってはいなかった。山姥が近づいてくる。お腹が空いた、喉が渇いた、足が痛くてもう駄目だ。ナツは思う。今自分の目の前にいるのは山姥に違いなく、だが、もしかしたら、間違いなく山姥だが、もしかしたらこの山姥は駄菓子屋の店主なのかもしれない。ナツは一縷の望みをかけ、冷凍庫の中身を指差して言った。

「あのっ、これください!」

 無視。

 今度こそ駄目だと思った。懊悩の末のファイティングポーズ。山姥は止まらない。ナツは咄嗟に目を瞑り、しかし、いくら瞼の内に引き篭もっても恐怖は少しも薄れてくれなかった。足音が三歩。手が伸びてくる気配を感じた。

 ああ、神さま。言いつけを破って家を出てきてしまってごめんなさい。これからはいい子になります。悪いことはしません。命が助かるのなら他の何だろうと差し出します。贅沢は言いません。腹が空いても喉が渇いても足が痛くてもわがままは言いません。だから、だから、

 冷凍庫の扉が閉まる音。次いで、自分から遠ざかっていく足音を聞いた。

 何が起こったのかわからない。気づけば山姥は、さっきと同じようにカウンターの向こうで優しく笑っている。冷静になってみれば、なぜ殺されるなんて思ったのかが不思議だった。

 あんなに優しそうなお婆さんなのに。

 きっと、冷凍庫を閉められてしまったのも何かの間違いだったのだ。子供だからお金なんて持っていないと思ったとか、きっとそういうことだったのだ。ナツはポケットから千円札を取り出してもう一度冷凍庫の扉を開き、「おばあちゃんこれちょうだい」と言いかけて、

 背筋が凍った。山姥は再び腰を上げてこちらへ歩いてくる。今度はさっきよりも苛立たしげにため息を吐いていた。千円札はちゃんと見えるように掲げていたのに。何がいけなかったのか。ナツは再び動けなくなり、しかしさっきと同じならきっと、冷凍庫の扉を閉めるだけだ。理由はわからないけれど、殺されないとわかっていればそう怖がる必要もないはずだった。ナツの睨んだ通り、山姥はゆっくりとこちらに近づいてきて、面倒臭そうに冷凍庫の扉を閉めた。そして、ナツの若い耳は山姥の独り言を聞き逃さなかった。

「――頭にくるねぇ」

 それは果たして自分のことだったのか。ナツにはそんなことを考える冷静さも残らなかった。勝手に涙が溢れてきて、すぐに耳まで真っ赤になった。涙と一緒に出てきたのは子供の獰猛さで、手首で乱暴に涙と鼻水を拭きとり、目茶苦茶な力で扉を開けた。山姥が振り返るが、ナツは何も気にしない。冷凍庫の中から適当なアイスキャンディーを抜き取って、包装を破いた。

「このアイス、もらっちゃうからね! 私はいっぱい歩いて疲れてるの! 無視なんてするのがいけないんだからっ」

 そう言い捨てて逃げ出したのは、目が怖かったからだ。山姥も、男の子も、女の子も、全員が何か恐ろしい物でも見るような目でこちらを見つめていた。それがナツには気味が悪く思えて、どうしようもなく居心地が悪かった。

 だから逃げたのだ。

 お金を払えなかった。

 金も払わず手に入れたそれを食べるなんて罪悪感があって、しかし腹が空いたのも喉が渇いたのもまた事実であり、ナツはすぐに木陰に座り込んでアイスキャンディーを舐め始めた。

 何だったのだろう、さっきのは。

 無視をされたのだ。ほとんど極限状態にあったナツに、あの山姥はアイスキャンディーを買わせまいとしていたのだ。理由はわからないけれど、そうとしか思えなかった。が、それにしては妙なのだ。子供だから、という理由なのだとしたら、自分より年下であろう子供たちがアイスキャンディーを舐めていたことの説明がつかない。一体何が原因だったのか。自分を無視する山姥に、子供たちは何の反応も示さなかった。だが、仮に山姥が客を無視することが日常茶飯事だとすれば、今度はナツがアイスの包装を破いたとき一緒に驚いていたのが分からない。無視されて怒った子供が買わずに商品を開ける、なんてありそうな話なのに。

 理屈で説明をつけようとしても、どうしてもどこかはみ出してしまう。その場にいる全員が私だけを無視する理由――説明がつくとすれば、それが見つかったときだ。ナツは考える。

 そういえば、

 ナツはふと、家で老人に無視をされたことを思い出し、

 ――まさか、ね。

 恐ろしい想像だった。子供の想像力とは恐ろしいもので、行き着くところまで行くまでは決して止まってはくれない。自分でも制御できない想像に、子供は時に心の底から恐怖を感じるものだ。そして、想像はいつしか現実として自分に牙を剥く。

 ナツは確かに十三歳で、十三歳といえば中学一年生。子供から大人に変わっていく複雑な時期で、だが、少なくとも現実と空想の区別くらいはつく歳である。それなのにナツの想像力がこうも強く働くのは、ナツが記憶を失っていて普通よりもだいぶ子供っぽいからかもしれない。

 とにかくナツは、くだらない想像であったはずのそれに対して、ある種の妄信のような感情を抱いていた。

 確かめなくてはならない。

 標的は探すまでもなく、向こうからこちらに歩いてきた。中学生か高校生くらいの男。年齢が低すぎても高すぎても手加減してしまうかもしれない。真実を確かめるためには丁度いい歳だった。ナツは男が目の前を通り過ぎるのを待ち、立ち上がって男の背後へ駆け寄る。

 男は振り返らない。

 ナツは男について歩きながら呼吸を整える。だが、結局一分経っても動悸が治まらず、ナツは意を決して、思いっきり男の背中を叩いた。

 男が素っ頓狂な声を上げて振り返る。

 瞬間、動悸は自然と治まった。振り返った男は確かにナツへ視線を向けていて、しかし、ナツのことなど見てはいなかった。目が見えないとか焦点が合っていないとかそんなものではなくて、まるでナツの存在に全く気づいていないような、

 思ったとおりだ。

 ナツの心の内に、自分でもよく分からない感情が湧き起こって渦を巻いた。意識を呑まれ、気づいた時には、ナツは凸もりの家の凸もりの部屋の凸もりのベッドでうずくまって泣いていた。記憶がない。ただ、無我夢中でここまで走ってきたのだ。何か叫んだかもしれないが憶えてなどいないし、そんなことはどうだってよかった。いずれにしても――

 

 私の声は、誰にも届かないのだ。

 

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投稿者プロフィール

えんきまる(きゃっとまん)
えんきまる(きゃっとまん)10さいの女の子
わたしは、小学5年生で、小せつを書くのが、すきです。なぜなら、小せつを書くのは、たのしいし、おも白いと思うからです。がんばって書くから、よんでください。
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